神経質性不眠
私は家に帰ればばったり眠ってしまう人なので、不眠という悩みを抱えたことはないのですが、診させていただいた患者さんへはずいぶんと眠剤を処方しています。そんな時、よく聞かれる質問があります。
「飲み始めると習慣になりませんか?」 たしかに一度飲み始めるとそのまま続ける方は少なくありません。眠れない原因となっている生活習慣が改善されないため、薬が必要なのです。ただ幸いに、今の薬は「たくさん飲んでも身体に害を及ぼすことはまずない」「痴呆の原因にもならない」「慣れてきてどんどん薬が増えてしまうということもまずない」ので、まあひとつぐらい飲んで眠れるのであればいいじゃないか、とも思っています。ただ飲まないですむのであれば、飲まない方がいいに決まっています。
ところで、「眠れない原因となっている生活習慣って何?」 まず思いつくのが(生活習慣ではないかも知れませんが)、ご老人になり睡眠時間が短くなってくると、なんとなくしっかり眠った気持ちにならないこと、でしょうか。人は年齢を重ねる毎に、少しずつ必要な睡眠時間が短くなっていきます。短くても十分なのですが、「8時間は眠らないと‥‥」という思いこみが熟睡感をさまたげているように見えます。短くてもいいのだ、と開き直ってみるのも方法のひとつですが、何もすることがなくて夜起きているのがつらいのであれば、睡眠薬を一粒飲むぐらいはいいと思います。
若い方では「不安」や「焦り」が不眠の原因となっていることが多いのではないでしょうか。以前、私の受け持っていた若い女性がひどい不眠で悩んでいました。精神科から「これ以上出せない」というほどの大量の眠剤をいただきながらも「眠れない」と言います。ある晩、やはり眠れずにじっとベッドで座っていました。
当直の看護師に「何とかして眠らせて欲しい」と頼み、すでに自宅へ戻り眠りかけていた私の所へ電話がかかってきました。「解りました。今から行きます」と返事をして、服を着替えて病院へ向かいました。ところが、部屋をたずねると患者さんはすでに熟睡していました。看護師から聞くと「今から先生が来ますから」と説明したら、安心して眠ってしまったそうです。どれほど睡眠薬を用いても、心の安心にはかなわないようです。「眠れない」という強い思いこみと緊張が、彼女の睡眠を邪魔していました。
眠気がない時は無理に床につかない方がいいでしょう。目が覚めているのに横になっていると、あれこれといらぬ事を考えてますます不安や焦りが強くなってしまいます。早寝が不眠改善に結びつくことはなかなかありません。先ずは毎日決まった時間に起きる「早起き」から始めます。(これが一番難しいのかも知れませんね) 人が動き出すと安心して眠っていたり、平日は早起きでも、休日はかなり遅い方も多いのではないでしょうか。これを続けていると朝の苦しみが続いてしまいます。頑張って、決まった時間に起きて光を浴びることから始めましょう。
昼間は体を動かしたり頭を使ったりしてあげて、夜の時間にすこし疲れている状態を作り出しましょう。あるいはストレスのもとを書き出してみたり、自分なりの対処方法を見つけることも大切です。とある精神科医が「ストレスは週末にまとめて解消するのではなく、その日のうちに楽しみを入れ、運動を入れて解消していくのがベストです」とのコメントが印象的でした。日中の生活をちょっとかえりみること、これが二つ目です。
その他の不眠
光が睡眠に深く関わっています。起きた後に強い光を浴びることは、身体に「起きている時間帯」であることを認識させるのに役立ちます。眠たいと感じても、まず朝陽を身体全体に浴びることをお勧めします。逆に眠る前は、部屋の電気をすこし落としたり、白い蛍光灯から自然な色合いの白熱灯あるいは間接照明に変え、身体に「眠る時間帯」であることを教えてください。
寝具もひとつの要素でしょう。人により好き嫌いがありますので詳しくは述べられませんが、枕の高さや柔らかさは、測定をしてもらったり自分の好みの素材を決められるお店が出来てきましたので、一度たずねてみるのも良いでしょう。
アルコールは誤解されている部分があります。「寝酒」などと呼ばれ、睡眠導入として利用されている人も多いのではないでしょうか。ビール一缶や日本酒一合ぐらいであれば、緊張をとき血のめぐりを良くするのでよいのですが、しっかり酔うまで飲むのはかえって睡眠の質を落とすことが解っています。よく眠れないと更に酒量が増えていくことがあり、「眠るための酒」はあまり勧められません。また睡眠薬と一緒に飲むことは、作用を増強させ危険なこともありますのでやめて下さい。
昼寝は意外に大切です。スペインではシエスタという言葉があるように、昼寝をとても大切にしています。我々は昼に一度、眠気がおそってきます。15時前の20~30分を睡眠にあてることにより、午後の集中力が違ってきます。私も合間を見てなるべくとるようにしています。しかし、昼寝のしすぎは夜の睡眠を阻害しますので、あくまで短時間で。
こういった工夫をしても眠れない、あるいは眠っているのに眠たいという方は一度医師を訪ねて下さい。
睡眠障害で最近よく名前が出るのが、「睡眠時無呼吸症候群」です。本を読んでいる時、静かに座っている時、車でとまっている時などに不意に睡魔が襲ってくる場合は、睡眠が不足しています。
ねむっているはずでも、夜中にいびきをかき、時おり息が止まっていたりした場合、こういった昼間の眠気が出現します。睡眠薬を飲んだりお酒を利用すると、ますます気道がふさがり症状が悪化することがあるので、注意が必要です。睡眠ポリグラフ検査という、眠っている状態を観察する検査がありますので、施設を探し検査を受けてみる必要があります。治療としては鼻から空気を送るCPAPという機械を利用する場合の他、マウスピースを歯科で作ってもらったり、耳鼻咽喉科で扁桃腺を切除したり、栄養士と相談して減量することにより改善することがあります。
まれな病気ですが「むずむず足症候群」というものがあります。あしがむずむずしたり、何かがはっているような異常な感覚がある。足を動かすと症状が改善する。そんな病気があります。適切に診断されれば内服で改善しうる病気なので、思い当たる方はご相談下さい。
朝がどうしても起きられない、という方に「睡眠相後退症候群」という病気があります。これは一日の周期が25時間であったり、26時間であったりして、どうしても遅寝遅起きになってしまう病気です。いくつも目覚ましをかけても駄目だという人は、もしかしたらこういった病気かも知れません。ただ治療がなかなか難しい。起きる時間に十分な光を浴びる高照度光療法やメラトニンなどの内服を行います。いずれにしても睡眠の専門医でないと難しいかも知れません。
とはいえ、眠れない原因の多くはやはり、ストレスや不安やうつといった精神的な要素、睡眠時間やアルコールなどに対する間違った思いこみや知識、睡眠導入までのリラックス方法や寝具などが多く関係しているようです。
多くの人が抱えている「眠ることの問題」、一度真剣に見直してみるのもいいのではないでしょうか。