痴呆の診断
60代になり少し物忘れがすすんでくることを自覚したり、年老いた両親におかしな行動がみられるようになったりと、「痴呆」に関しての不安はつきません。また痴呆が高度になり、苦労する介護者の様子を見ることも少なくありません。
医師にかかっても「大して出来ることはないのです」と言われたり、薬を処方されても今度は動けなくなったり、おかしな行動が増えてがっかりすることもあります。今回は患者さんだけでなく、介護者あるいは医療に携わる方に向けて、「痴呆」について一緒に勉強していきたいと思います。
先ずは、「痴呆なのかどうか」です。定義として(表1)に示すとおりになっています。読んでも内容が難しいとは思います。わかりやすい言葉で言えば、「物忘れがひどい」「手足は動いても動作ができない」「本人やまわりが困る」「他の病気が原因ではない」といったことです。もう少しすすんで(表2)のようなテストもあります。MMSEと呼ばれるよく似た検査もありますが、今回はこの長谷川式のみを掲載しておきます。一度、実際に二人で問題を出し合い、検査をしてみて下さい。
いかがだったでしょうか? ただここで注意をしておきたいのは、点数が低いからといって痴呆が確定したわけではなく、逆に点数が良くとも痴呆の心配がないわけでもありません。あくまでひとつの指標なのです。御心配な方は、気になる言動を書き留めておき、一度医師にご相談下さい。
また痴呆の中には治るものもあります。頭の中の水圧が高くなる「水頭症」という病気は水を抜いて圧を戻すと症状が改善することがあります、2~3ヶ月前の頭部打撲が原因でなる「慢性硬膜下血腫」という病気も、手術により改善します。また「うつ」や「甲状腺機能低下症」も見逃しやすい痴呆を示す病気のひとつです。年齢だから、と放っておく前に一度検査を受けてみることをお勧めします。
表2 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
1 お歳はいくつですか?(2年までの誤差は正解で1点)
2 今日は何年の何月何日ですか? 何曜日ですか?
(年、月、日、曜日の正解でそれぞれ1点ずつ)
3 私たちがいまいるところはどこですか?
(自発的にでれば2点、5秒おいて家ですか? 病院ですか? 施設ですか? のなかから正しい選択をすれば1点)
4 これから言う3つの言葉を言ってみてください、あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。(以下の系列のいずれか1つで、採用した系列に○をつけておく)
1:a)桜 b)猫 c)電車 2:a)梅 b)犬 c)自動車
5 100から7を順番に引いてください。(100-7は? それからまた7を引くと? と質問する。最初の答えが不正解の場合、打ち切る。それぞれ1点)
6 私がこれから言う数字を逆から言ってください。(6-8-2、3-5-2-9を逆に言ってもらう。3桁逆唱に失敗したら、打ち切る。それぞれ1点)
7 さきほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください。(自発的に回答があれば各2点、もし回答がない場合、以下のヒントを与え正解であれば1点) a)植物 b)動物 c)乗り物)
8 これから5つの品物を見せます。それを隠しますのでなにがあったか言ってください。(時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など必ず相互に無関係なもの。各1点)
9 知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください。(答えた野菜の名前を右欄に記入する。途中で詰まり、約10秒間待ってもでない場合にはそこで打ち切る)
~5=0点、6=1点、7=2点、8=3点、9=4点、10=5点
合計得点 満点:30 点 20 点以下は痴呆の疑いあり
非痴呆群:24.45±3.60点 軽度痴呆群:17.85±4.00 点
中等度痴呆群:14.10±2.83 点 やや高度痴呆群:9.23±4.46 点 高度痴呆群:4.75±2.95 点
アルツハイマーと血管性痴呆
痴呆にならないためにはどうしたらよいか。痴呆の多くは「脳血管性痴呆」と「アルツハイマー型痴呆」の二つが原因となっています。
「脳血管性痴呆」というのは、頭へいく血管が少しずつ固くなり、脳細胞がゆっくりと死んでいってしまうために生じるものです。この動脈硬化を進展させないためにとても大切なのが、「血圧のコントロール」「禁煙」「アスピリンの内服」です。コレステロールもよく言われることではありますが、実はこの3つほどの影響はありません。血圧はだいぶ薬を内服されている方も多くなりましたし、血圧の測定も気軽に行われるようになりました。アスピリンとは、商品名では「バイアスピリン」と呼ばれているもので、よく「血をさらさらにするお薬」として処方されています。「パナルジン」というお薬もありますが、重篤な副作用が出現することがありますので十分に注意が必要です。喫煙はとても重要です。前述の薬を内服していても、煙草を吸っていたら全てが台無しです。これは経験としてですが、五十代の若い脳梗塞患者さんのほとんどが喫煙をされていました。百害あって一利無しとはまさにこのことです。
「アルツハイマー」という言葉はよく耳にされると思いますが、はっきりと診断された方や家族の方はそう多くはないかもしれません。これは診断の難しさに起因しています。もともと亡くなられた方の脳を調べたところ「老人斑」と呼ばれる脳細胞の変化を認めたことからきているのですが、生きている方の脳を調べるわけにはいきません。
MRIを撮影すると海馬と呼ばれる場所の萎縮を認めますが、これも早期に診断するのは困難です。
SPECTやPETというとても高価な検査機器を用いることにより、早期診断が可能であることが解ってきておりますが、保険の問題も含め現状では簡単には検査ができません。ところがアルツハイマー病については、この痴呆と正常のあいだの状態「軽度認知機能障害」の時点で治療を開始することことが重要といわれています。
「アリセプト」と呼ばれる薬が1999年末に発売されました。今のところアルツハイマーに対して効果が認められている唯一の薬ですが、これを早期に内服することにより進行をかなり送らせることが解っています。
なってから根本的に直す治療がない今、こうした予防の意義は大変大きいものです。進行してからの内服では、その状態を維持あるいは少し改善するのが精一杯なので、少しでも早期に内服することが大切になっています。痴呆であることを無視せず、むしろ積極的に取り組んでいって欲しいものです。
これは未来の話ですが、新聞にも載り話題になりました「アルツハイマーを予防するワクチン」というものが現在開発されています。ワクチンを一度飲むだけでアルツハイマーを予防できるという夢のような薬が現実になろうとしています。まだ副作用の問題などがあるそうですが、早く実現して欲しいものです。
痴呆の方を理解する1
痴呆の方を理解する‥‥書くのは簡単ですが、実際にはとても難しいことです。自身の体験やインターネット、本を通じて特徴をまとめてみたいと思います。(引用文献は別にまとめてお知らせします)
「不安と不快」 よく「呆けたもの勝ち」と言われ、痴呆になると介護者は大変でも、呆けた人はもう嫌なことも解らない、といわれることがありますが、どうでしょうか。痴呆の方はよく眉をひそめ不安や緊張を表情に出し、怒りや抵抗で不快を表しています。例えば我々も急に知らない、言葉も一部しか通じない場所へ放り出されれば、不安ですし言葉も少なくなります。忘れてしまう、思い出せない、というのはそういった「不安や不快」をともなっています。
「意欲、生気の低下」 痴呆がすすむと、多くの方は家から出ることが少なくなり、人と話したがらず、お風呂にはいることも少なくなります。これは意欲そのものが低下するためというよりはむしろ、まわりで何が起きているか理解できず、ついていけないためであり、何かおかしなことをしてしまうのではないか、と心配してしまうためです。ですからデイサービスへの参加を繰り返して、人と話すこと・入浴に慣れてきて、意欲や生気が復活してくるのはそういった理由からでしょう。
「たくさんのことは出来ない」 お風呂にお湯を入れながら、食事の用意をするなど、我々は複数のことをこなします。
しかし痴呆がすすむと、お湯を入れたことを忘れてしまい、溢れても思い出せない、ということが起きてしまいます。更にすすむと「さあ、布団から出て、食堂に行って、みんなと一緒に食事をしましょう」と伝えても、複数の情報が矢継ぎ早に出ているこのような場合は理解されないことがあります。「布団から出ましょう」「食堂に行きましょう」「食事をしましょう」と短いセンテンスでゆっくりと、現在の行動をしめすものだけにしましょう。
「すぐに眠ってしまう」 頭の処理能力が落ちると、喧騒や知らない場所・人により、頭に過度の負担がかかり疲れ切ってしまうことがあります。無視しても良い音に意識が向き、場所や人を理解しようとして頭が働くためです。ぐったり疲れてしばらく寝込んでしまいます。デイサービスへ行った日の夜はよく眠る、という話を良く聞きますが、こういった理由からだと思います。一方では、川のせせらぎ、風のながれ、太陽の日差しは頭に過度の負担を与えることがありません。年齢を重ねるうちに、ふと静けさや自然を求めるようになるのも、やはりそれなりの理由があるのです。
「急ぐことが出来ない」 アルツハイマー病患者が、急がなくてはならないと感じさせられたり、善意の介護者によって急がされたりする時、ひどく暴力的になることがあります。それは単に、「私はこれをしたくない」という言葉が出てこないこと、そして、なぜ嫌なのかいうことができないため、内部に欲求不満が閉じこめられるからのようです。痴呆の方と接するにはある程度の「忍耐」が必要です。
痴呆の方を理解する2
今回はいくつかの具体的な問題について述べてみたいと思います。
「物盗られ妄想」
自分が置いた場所を忘れ、無くなった、無くなった、といううちに盗られたに代わり、最も身近な人間を犯人と考えてしまう。時として執拗なまでの激しい攻撃に、介護者が参ってしまうことも少なくありません。こんな場合はどうしたらよいのでしょうか。一緒に探して見つかって「良かったですね、ここにありましたよ」と説明しておさまればよいのですが、「こんなところに隠して、本当に意地が悪い」と言われてしまう方も多いでしょう。
立場が強かった者が痴呆になると、立場の弱い者であったはずが介護者となり、その立場が逆転します。物盗られ妄想をおこす方は「面倒を見ることは得意だが、面倒を見られることは不得手」なため、立場が逆転することに強い不安を感じます。こうして最も身近な介護者に攻撃性を示すと言われています。
現実を受けとめるには、時間ときっかけが必要になります。もともと介護が必要なわけですし、相手も依存したいと奥底では思っているので、時間が解決する部分があります。第三者が間に入って話を聞いたり、ショートステイや入院などをきっかけにすっと介護を受け入れるようになることもあります。介護者がその人の過去を忘れず、尊敬をもってプライドを傷つけずに接することが出来ればよいのですが、これはかなりの困難を伴います。失禁をしてしまい隠れて洗っているところを見つけた時に、「お母様、私が洗いますから」と声をかけることは、嫁としては当然の行動のように見えます。しかし老いを生きる者には大きな転換点、妄想の始まりとなることがあるわけです。
「徘徊」
目を離したすきに家を飛びてしてしまい、家に帰ることも出来ず迷子になることがあります。単純な方法ですが、まず衣服に住所や名前電話番号などを縫いつけておくことが大切です。
徘徊については小澤勲先生の本に(別に紹介)、とてもよく書かれていますので、ぜひご一読下さい。ここでは要約して記載します。何となく生きることに居心地の悪さを感じると、人はよかった頃の思い出にかえります。痴呆の方は必要とされ、それに応えることのできた昔を現実と錯覚してしまうのです。「家へ帰る」であったり「仕事へ行く」であったり、その人にとってもっとも心に残る場所へ戻ろうとします。その考えを訂正するのはほぼ不可能ですし、出ていくのを押しとどめるのも大変な力がいります。多くの本には疲れたらあきらめるので一緒に散歩してください、とありますが作者はそれだけでは不十分と指摘します。本の中には、徘徊をするご老人と医師がともに歩き、昔のことを語らい、思い出をたどる様子が書かれていました。まるで昔を旅するような時間の後、「先生もお疲れでしょうから、また明日ということにして戻りましょうか」とその方は落ち着いて部屋へ戻りました。作者はいいます、「彼らは疲れたら帰ってきてくれるのではない。この人となら、今・ここで一緒に生きてもいい、そう思ってくれてはじめて彼らは今・ここに戻ってきてくれるのである。今・ここを生き生きと過ごせる場にすること、身の丈にあった生き方を発見する手助けをすること、これ以外にこのような行動に対するすべはない」 言葉の重みと、心構えを教えられる一文です。
「痴呆の方を理解する3」
「幻覚、妄想」
昼間は問題がないのに、夜になると落ち着かずわけの分からないことを言い始めることがあります。なかなか寝付かず、しばしば介護者を苦しませます。多くの場合、睡眠薬が増えたり、何らかの抗精神病薬が投与されることになります。テグレトール、シプレキサ、リスパダールといった薬は研究で効果が認められている薬剤です。他にも、経験上よく使われる薬にグラマリール、セレネースというものもあります。薬が原因になっていないか、あるいは合う薬がないか、検討してみて下さい。
薬だけではなく、もともとの原因も探らなくてはいけません。自宅から入院や引っ越しをした夜などは、今いる場所を把握できずに夜間帯に不安になってしまうことは良くあります。数日もすると環境になれてきて、おさまることが多いのですが、ご家族はその様子にショックを受けることもありますので、事前の説明が必要です。昼間に寝てしまい、夜に落ち着かないこともよくあります。昼間にしっかりと陽を浴び、人と触れあい、生き生きとした時間を過ごすこと、定時に起きて食事をとるなど、リズムを整えることはとても大切なことです。デイサービスを利用した晩によく眠るのは、そういった理由もあります。
痴呆になると、その物音や影が何であるのか認識をすることができなくなってきます。不安と結びつくと、突飛な考えになるのですが、何時しかそれが真実に置き換わってしまいます。しっかりと電気をつけて一度覚醒させたり、むげ否定せずに手をにぎって一緒に確認すると、いくらか落ち着くことがあります。
「失禁、排便」
便こねたり、壁に塗ってしまうのは、自分なりに処置をしようとしてうまくいかない結果のようです。尿意や便意がない場合はオムツをするしかありませんが、すぐにとってしまう場合は違和感の少ない本人にあうオムツを選ばなくてはなりません。紙おむつだけでなく、布オムツが有効なことがあります。それでもとってしまう場合にはつなぎ服といって手をいれることのできな衣服がありますが、本来は排尿・排便をした気持ちの悪いオムツの状態を放置しなければおさまる症状ですので、極力さけたいものです。便意や尿意がある場合は、場所が解らない、間に合わないなどが原因のことがあります。排尿日誌をつけ尿意が出そうな時間帯にトイレへの誘導を定期的に繰り返す、ライトをつけたり表示をつけて解りやすくする、ポータブルトイレの設置などを検討してください。
「入浴」
痴呆が進むと入浴回数が減り、すすめても嫌がられることが多くなります。恐がっている場合はしっかりと支えてあげたり、お湯をかける時は声をかけてゆっくりと流してください。恥ずかしがる場合は、タオルなどで隠してあげる配慮も大切です。家族のすすめでは嫌がっても、サービスを利用すると受けてくれたり、入浴後は気持ちよかったと喜ぶことは少なくありません。慣れてくれば、自分からも望むようになります。
一人一人が違う人間です。過去の歴史を思い出し、現在の思いを想像し、ひとりひとりにあったケアを考えていく姿勢が大切です。
頭の体操
痴呆になった時、日々の頭の体操は大切なリハビリになります。「Reality Orientation」「回想法」「バリデーション療法」といった治療方法を交えて、いくつか紹介していきます。
「Reality Orientation」
痴呆になると自分の名前・どこにいるか・何時かといった情報が解らなくなります。これに対し、日めくりカレンダーを掲示したり、大きな時計を設置したり、必ず名前を付けて声をかけたりすることにより症状が改善することがあります。「今日は何日ですか?」と問いかけ、解らないようであればすぐに答えを教える。ただ日付を言うだけではなく、どんな日かをおりまぜたり、患者さんの思い出と関連づけたりすると記憶にとどまりやすくなります。教えるだけでなく、昔のことを教えてもらうという姿勢も大切なのです。注意が必要なのは、痴呆患者にとって答えられない質問をされ、一生懸命頭を悩ますことは想像を絶するほどのストレスを感じていると考えた方がよいことです。たとえるのは難しいのですが、たくさんの人の前で挨拶をしているその途中で内容を忘れ、パニックになってどっと汗をかく、あれと似た不安を抱くようです。あまりくどくならず、本人が不快に感じているようでしたら少し控えめにしましょう。
「回想法」
最近のことは忘れてしまっても、昔のことは意外と憶えているものです。思い出を語ることはとても大切な作業で、じっくりと耳を傾けたり、懐かしい品や写真を用いるのも効果があります。西春日井郡にある師勝町総合福祉センターではそんな懐かしい品々を貸し出すサービスをやっているそうです。
500円と配送料で一週間ほど借りられるそうです。試してみてはいかがでしょうか。
「バリデーション療法」
バリデーションとは認める、ということです。一件無秩序に見える行動にも意味がある、ととらえます。真心を込めたアイコンタクト、低い優しい声で話しかける、相手の身体に触れる、の3つを基本とします。例えば土を食べてしまう方がいらした時、家族の方に話を聞くと昔農家をやっており、そういえば土の状態を知るためにときおり口にしていたと解りました。そこでコーヒーの出し殻をまくなど、口にしてもよい状態にすることした‥‥。誰かが忍び込んできたと叫んでいる場合、誰かが忍び込んできたのですね、と身体に触れながら言葉を繰り返し、どんな服だったかをたずねたり、どんな様子だったかを教えてもらいます。あたりを確認してすこし落ち着いたところで、今までに一番恐かったことを聞いてみたりします。不安な気持ちを十分に表出し、昔の思い出に気持ちが移り、それが十分に話し終えるといつしか落ち着いていきます。こういった行動をバリデーションと呼びます。
もし本人の協力が得られるようであれば、眠る前に今日の一日の出来事を振り返る作業も有効です。朝から順番に出来事を思い出していきます。なかなか出てこないと思いますので、適宜ヒントや答えを入れていきます。流れて忘れてしまいがちな一日を、少しでも記憶にとどめ重ねる努力が大切です。
頭を使う作業はことのほか、本人に負担を強います。思っている以上に本人は疲れていることが多く、十分な休息をとらせることが必要です。眠ったり休んでいる間にも、脳では情報を整理し、定着させる作業を行っています。頭の体操と休憩はセットで考えてください。